制作ノート

#8. コニー抱っこ紐制作ノート2年間の研究開発の末に誕生した「コニー抱っこ紐防寒ケープ」 コニー抱っこ紐防寒ケープを開発し始めて2年の間に‘コニーママウェア’と‘コニー抱っこ紐サマー’まで、する話が山ほどあるが、もうすでに始めたついでなのでケープの発売まではお話ししてから別の話を始めなければいけないですね。2018年上半期は‘コニー抱っこ紐サマー’を開発しようととても大変でした。生地だけ変えて抱っこ紐をほぼ20種類ほど作りました。その末、結局またボツ…(発売時期より製品の完成度が優先なので…)発売を諦めたのが二度も続いたので、自分が果たしてちゃんとできる人なのか悩みましたが、落ち込んでばかりはいられませんでした。私が気落ちしようがしまいが関係なく冬は近づいていて、今シーズンは本当にしっかりとやり遂げたかったんです。 結局、発売を諦めた1年目のサンプル。何度も試着しながら何が問題だったのか明らかになりました。 ケープの企画を再度始めてから、一体、ケープの開発を終えることが出来なかった理由は何かじっくり振り返ってみました。考えを整理してみたら生産外注業者と一緒にデザインを開発しようとしたところから、問題が発生するという事実が分かりました。2017年当時、私は時間と努力を節約するために生産外注業者とともにケープのデザインをしていました。私が企画の方向性を話せば、外注業者がそれを作ってきて、私がフィードバックをしたら修正をしながら試作品が作られました。縫製と生地、資材に関する知識、そして市場での業歴。生産外業者が持ってるすべてのものが私にはありませんでした。ミーティングを進めるたびに仕事が前に進んでいる気がして、それは確かに一人で悩むときよりもかなり速い速度だったんです。しかし、問題は生産外注業者と一緒に仕事をした時、私に残るものがないという事実でした。どうしても私の場合、デザインと生産に対する経験が足りないので、まず何もないところから猛リサーチをして、学習して、仮説を立てて、それを直接作ってみて、市場を回りながら適した材料を探して、直接サンプルを作り、手で触ってみたり羽織ってみたりして確信を得るスタイルです。(学ぶのが本当に遅いスタイル…)消費者の立場から果たしてこの製品はお金を出して買う価値があるか?について絶えず問い返しながらです。このように徹底的に悩み、前に進めた結果物はたとえ時間がかかったとしても、その決定に自信があったし、誰よりも本当に自信を持って販売することができます。(抱っこ紐とママウェアのようにです。)しかし生産業者を間に挟むと、自ら学習し確信を得る機会がありませんでした。ほとんど業者側が提示する選択肢の中で決められました。私が販売したい製品単価を提示すると、その中から本人たちの受け取り分を引いて、生地と副材料を選ぶというふうでした。「これよりもっと良い生地はないんですか?もっと柔らかくてもっと暖かいといいんですけど。」「それでは単価が合わないんです」または「生地の卸市場で見つけられるのはこのクオリティーが最善ですよ。ほとんどのメーカーもこの程度を使っています。」という答えが返ってきました。だから私が十分に満足するはずがありませんよ。「少なくとも何かを開発する際は、時間と努力、費用を節約しないようにしよう。業歴が積もれば自然と節約できるから…」 アイディアスケッチ。カーディガン型(左)とコート型(右)のうち悩んだ末、左を選んだ。 そして2018年発売バージョンは、私が最初から直接作ってみようと決心しました。そして抱っこ紐を作ったサンプル室の先生に連絡をしました。「先生、少し長くかかってもきちんと作ってみたい製品があるんです。よさそうな生地を全部買ってお送りいたします。」卸売市場を回ってよさそうな生地を買い集めました。ムスタン生地、フリース生地、生地二つが両面に付いた合成生地、カシミヤコート生地、熱風生地…冬のアウターに使えるほとんどの生地は全部買い取り、サンプル室の先生に服の形について相談して最終的な生地を選びました。「イワさん、生地見る才能あるわね。今回の生地は本当によく選んだわね。」生涯、高級な服だけ作った先生の誉め言葉に口角が自然と上がりました。ケープの形を開発する際、重点を置いたのは何よりも「冬の外出を軽くする」というミッションでした。着方が面倒くさくなくてはいけないし、赤ちゃんを暖めるという側面で機能的に不足せず、保温機能を活かすことだけにとらわれないこと。コニー抱っこ紐がそうだったように、赤ちゃんと一緒に着用したときや赤ちゃんなしに製品のみ着けていてもスタイリッシュなデザインであること。いきなりの育児用品を面倒くさく着けて消費する感じではなく、普段着ている普通の服と形の面でできるだけ似ていること…デザインしたいケープの仕様書をざーっと書き下ろし、それには市場に広まった一般的なケープは頭から最初から消して始めなければいけませんでした。 初サンプル。前が二枚重ねなので何度も後ろ丈が浮いて前側の丈が落ちてきてました。肩のラインも前に下がった。 ポケットの位置テスト。一般的なケープとコニー抱っこ紐のポケットの位置の違いを比較。 上着&フードテスト。上着を着けたとき肩が窮屈だったりややこしくかさばらないか、フードのサイズと形が適当かテスト。 コニー抱っこ紐防寒ケープそのものが世の中にないデザインだったし、参考になる製品もなかったので、きちんとしたサンプルを作るだけでも数か月かかりました。サンプルが一つ完成すれば、直接着けてみて、チームのみんなに送ってフィードバックをもらい、修正を繰り返したのでサンプルを修正するだけでも1-2週間ずつかかったんです。ちょうどその年には私たちママウェアを開発するため合流した、10年来のデザイナーの方がいました。私と一緒に毎日のようにサンプル室を行き来している間に、私が一からしきりにもがいているのを誰よりも近くで見てた方だったので、それとなくおっしゃいました。「私ほんとうにこうやって服を作る人初めて見るわ。一体本縫いを何回させるのかしら。ふふ」実はあの時まで私は「本縫い」のことについて完全に無知な状態だったんです…普通服を作る過程は「仮縫い」というよく剥がせれる仮縫い糸でおおまかな服の形を作って試着後、修正事項を決めてちゃんとした裁縫室で「本縫い」というものをします。仮縫い状態の服は布を重ね合わせた形に細かい部分がすべて抜けた状態なので(その上ポケットもない)、実際この服の機能をきちんと知ったりテストして確認することができず形だけ見ることができます。時間と費用を減らすために普通は仮縫いからすぐ本縫いをするが、私は本縫い>本縫い>本縫い>本縫い>本縫いをしながら修正していたのでもどかしかったようです。本縫いはきちんとした服を作る過程でサンプル費用も多くかかり、何よりも時間がかなりかかりました。しかし私が作りたい抱っこ紐防寒ケープは単純に形だけきれいな服ではなく、きちんと機能しなければならない服なので、本縫いをして直接ママたちが着けて洗って生活しながら修正するのが正解だという気がしました。そうしてこそ消費者が感じる短所を事前に知り、発売前に改善して完成度の高い服を披露することができますから。 肩のラインは解決したが、前の丈をとめるととても短くなったので再度ラインに合わせて詰めました。 実際のパパテスト。一般的なバックル型の抱っこ紐を着用時、内側のスペースが足りなかった。フリーサイズ以外にLサイズを追加することにし、丈と襟回りを広げることにした。 このように数か月間のサンプル製作と修正期間を経て、コニー抱っこ紐防寒ケープが発売されました…ケープの開発をしようと、初めてサンプル室を出入りしていたときは確かに半そでだったのに、発売完成品のサンプルをもってサンプル室を出たときはコートを着ていたんです。かろうじて国内工場を探し10月末に販売を開始することができました。そして結果は成功でした。生産するたびに続々と完売していきました。 抱っこ紐防寒ケープ生産工場探し回ってた時期 モデルの子供が体調を崩したので代わりに私がモデルまでしなければならなかった発売初年度 コニー抱っこ紐を使っているお客様たちは時々見ましたが、私があまりにも家に閉じこもって仕事ばかりしているので、ケープを着用しているお客様はまともに見たことがありません。それでも、1次シーズンに生産した製品がすべて売られているのを見ると…全国津々浦々たくさんの方達が使ってくれているのでしょう?^^私が毎日出勤して一番最初にすることは口コミの掲示板を見ることですが、毎日本当に深い感動を受けています。「おおげさじゃなくて真冬の外出荷物が1/3は減ります。新世界です。」、「コニー製品は買うほど、本当にとても忙しく育児をしていたママが直接不便な点を改善して作ってくれてるんだ…と思いました。本当にありがとうございます。」お客様、違います。私が心から本当にありがとうございます。
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#7. コニー抱っこ紐制作ノート抱っこ紐防寒ケープ、開発はしたけど発売を諦めた理由 コニー抱っこ紐に似合いそうな抱っこ紐防寒ケープを直接私が作らなきゃと思ったのは、2017年、コニー抱っこ紐を発売した年でした。これから(また)無謀ながらにも開発したコニー抱っこ紐防寒ケープの誕生ストーリーとおきかせします。 抱っこ紐完売直前の最後の配送・物流センターがなかった頃なので、直接ラッピングして配送した。 2か月の間、販売できると予測したコニー抱っこ紐の初期生産量が発売2週間のうちに完売しました。誰も予測できなかった結果で嬉しいというより戸惑いました。そして衝撃的でした。その間私は自分自身を絶えず疑ってきたんです。お客様が私の話を聞いてくれるだろうか、私が作った製品にお金を出してくれるだろうか、私が本当に最後まで諦めずにうまくやり遂げられるだろうか…自らを疑った自分自身に申し訳なかったです。育児期の赤ちゃんを直接育てながら「こういうの絶対必要だと思う」と毎回感じたママとして、一消費者としての直感。これからはそれをもっと信じてあげたいです。「失敗しても大丈夫、学ぶことがあるなら得るものがある」。初心に返ってお客様が本当に必要としているものを作ってみようと、意欲が湧いてきました。「子育てで一番不便だったことは…」育児で経験した不便だと感じた記憶を一つ、二つと思い浮かべました。私の場合、子育てで一番不便だった記憶の中の一つがまさに‘冬の外出’でした。子供を産んだのが9月で、外出をしてみたいと本格的に思ったのが12月。しかし体もまだ回復してない産婦が赤ちゃんと外出するには韓国の冬はあまりにも酷でした。寒いので子供も私も何着も重ね着しないといけないのはもちろん、寒波に備えて準備しないといけないものなどが想像以上でした。抱っこ紐防寒ケープ、ダウン生地のカバーオール、冬用のブランケット…全部が面倒くさくいつも手が足りないので、主人が同行しない冬の外出は簡単に勇気が出ませんでした。それでも赤ちゃんと私との2人きりで予防接種を兼ねて外出でもする日には慌ただしさの連続。抱っこ紐防寒ケープをして出かけるには完全装備状態で着て脱ぐのがとても面倒くさいし、ケープなしでブランケットで軽く外に出ようとしたらしょっちゅう落ちては拾って…真冬の路面をずるずる引きずって歩きながら「私何してるんだろう…」と思いました。「真冬の外出をもっと気軽に、もっと手軽にしてくれるのは無いかな?」その時改善しなければと感じた点がまさに‘抱っこ紐防寒ケープ’でした。コニー抱っこ紐発売を2017年9月にしたので、始めの2-3週間はインスタグラムでひっきりなしにきれいによく使っているお客様たちの写真がたくさんアップされました。でも10月初めの気温差がひろがりはじめる頃から、コニー抱っこ紐の上からガーゼケットをかぶせてる写真から風よけケープをかけてる写真、ママパパの軽量ダウンをかけてる写真が増えてきました。抱っこ紐をいくら軽くしても、冬の荷物を減らしてくれるケープがなかったら‘超軽量’という言葉は事実上上辺だけの言葉に近いと思いました。「コニー抱っこ紐」次のアイテムを‘ケープ’にしたのが9月末で、10月初めから私はまた一からデザインを描き始めました… 費用を節約しようと木綿にデザインを描いたけど…専門的な道具がなんであるのか分かった 肌寒くなり始める10月初め、(この世に存在しない)冬季商品を生産するのも足りない時間に企画から始めるなんてありえないという事実は今なら分かります。しかしそのときは知りませんでした。さっさと製品だけ企画したら12月末には発売できそうだね!韓国の花冷えが4月までだからこのケープを買ってくれる方たちはきっといるはず!という単純な考えをそのときはしてました…(ここで初心者くささがとても出ました)東大門を歩き回りながら生地も買い入れ、サンプルを直接作ってみようと木綿に鉛筆でデザインを描いて切って貼り付けてみたり、(その時は子どもがそこそこ大きかったので)赤ちゃんのサイズの人形を抱えながらテストを繰り返しました。同時に、紹介された生産代行業者ともミーティングを始めました。知識と経験が私よりも豊富な方たちなので、私の不足面を補って時間を繰り上げてくれるだろうと思っていました。1週間に何度もミーティングが繰り返され、生地が決定されて、試作品のサンプルも完成しました。 完成品のクオリティーが気に入らなかった2017年初の試作品 もうgo!決定だけすればいいという状況だったのに、本当に不思議としきりに何かが気に入りませんでした。すべて私の決定に基づいて完成したサンプルでしたが、日程に追われて完成した試作品が気に入らなかったんです。消費者の立場で考えたとき、嬉しい気持ちでお金を出してくれるか?自信がありませんでした。外注業者のデザイナーが「もう決めなきゃいけないよ。そうじゃないと今回は売り出せないよ」と言った瞬間、我に返りました。そして苦心の末「この製品は売り出せません。すみません。」と言ってしまいました。ああ、その時に戻って考えてみたら本当に辛かったです。作りたかった製品が頭の中にあったのになんで出来上がった製品はそれとは違ったのか…私が間違っていたという事実、私が失敗したという事実を受け入れられるまで時間が必要でした。しかし少し先を考えると正しい決定でした。あの時、中止せずにいなかったらこの製品はコニーの最大の汚点になったでしょうから。思えば抱っこ紐防寒ケープという製品は外出する度に毎回着なければならない必須アイテムとは言え、二つ三つと買いませんよね?抱っこ紐は二つ三つを並行使いしながら暮らせるけど、ケープはその季節を乗り切れるたった一着だけ選んで買うんですよ。(ケープを二つ買うよりも普通、子どもの上着を二着買うよ…ママってそういうものですよね。)だからこそ、抱っこ紐防寒ケープは本当に気に入った、楽で、よく作られていて、そして良い、合理的な一着の服にならなきゃいけないと考えました。それには時間に追われて発売するものであってはならなくて、生地と副資材、縫製のクオリティーを妥協して作る粗末な服であってはならなかったのです。「時間が私の味方であるとき、初めて良い決断をすることができる」私の座右の銘の一つです。長い時間手間を費やし試行錯誤も経験して、何よりも時間に追われないことで心から気に入るものに会えると信じています。(男性も、新婚の家も、服も…)なのであと一年もっと十分に悩んでみることにしました。サンプルももっとたくさん作ってみて、試行錯誤も経験してみて、きちんとした製品を披露しようと心に誓いました。販売する立場でも製品に本当に自信があれば、販売する過程が楽しくてウキウキするはずだが、製品に隠したい部分があり少しでも自信がなかったら、気が気じゃありません。「発売のスピード」より重要なのは「製品の絶対的な品質」なので、自分に恥ずかしくないようケープの開発を中断した私自身が誇らしかったです。もちろんその時はすぐには認められませんでしたけどね。(笑)     Next >> 
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#6. コニー抱っこ紐制作ノート高難度の縫製工場探し 製品を企画する初期から抱っこ紐は赤ちゃんの安全と直結する製品だからこそ、縫製工場は本当に良い所と仕事をしたいという考えがありました。しかし工場のクオリティーは別として、縫製工場自体がどういう所でどこにあるのかを知るすべがなかったんです。それもそのはずで工場は企業と企業が仕事を受けるので(B2B) 私のような一般消費者が検索をして工場情報を知ることはできない構造でした。 毎日のように工場を探していた時期… 私にできることは2つでした。「あちこちにたずね回ること」と「ネット検索を頑張ること」。人脈を使って縫製工場を営んでいる方を紹介してもらったり、仕事を探しているという文字が見えたら無条件に訪ねて行きました。しかし、ほとんどの工場では私をパートナー扱いしてくれませんでした。無視されるのは基本で門前払いをされる日もありました。提示される価格はいつも予算オーバーでした。今考えてみると誰が見ても初心者で、工場側の立場からしたら準備もろくにできていない状態に見えたと思います。専門性はないのにやる気だけはあふれてて、あまりにも堂々としている私のような初心者がどれほど面倒だったかと思います…)「生産」は資本金を全部費やさなければならなかったので、何よりも確信が必要でした。しかし、私が携わってた業界ではないため工場長に会ってミーティングをしても、この方に私とこのブランドの運命を預けてもいいのか確信が持てませんでした。縫製工場(仕組み)についても何も知らなかったので…私自身も準備ができていないという気がしました。そんな中、知り合いを通じて生産代行業界を紹介してもらいました。私の経験不足を補えなるいい機会だと思いました。紹介された方と仕事を始めました。発売された製品はすべてその時作られた製品です。しかし工場に直接行ってみることなく机の前に座って仕事をしていると、実際の生産現場ではどんな悩みがあるのかよく分かりませんでした。問題の状況を伝えられ私たちの立場を伝えたとしても、それが工場長の言葉で、縫製される方たちの手先まで伝わるのものなのか確信が持てませんでした。企画は私がしたとしてもお客様が手にする製品は結局「生産する方たちの指先」から誕生するものなので、私は作業をする方たちが私の要求事項を正確に理解していることが重要だと思いました。結局仕事というのは、一人一人がどういう心構えを持ち、どういう考えを持ってこの仕事に向き合っているかによって変わるわけですからね。 生地と縫製、生産まで分からない部分が多い上に、誰かを通じてコミュニケーションを取っていると…非常に遅くて不透明でしかありませんでした。製品のクオリティーが一番重要ですが、それを得られる環境ではありませんでした。なので最初に戻って、よく分からなくても工場と直接ぶつかって仕事をしなくてはいけないと思うようになりました。 それでも大丈夫だと思う物はとても高い価格を提示されました。 縫製工場を探すためにうんうんと唸っていると、急に母がこう言ったんです。「末っ子の叔母がミシンしてるの知ってる?一度聞いてごらん」(わあ…私はその時母の後頭部から聖母マリアの後光が見えました…)叔母に生まれて初めて電話をしました。「あら、知らなかったの?私ミシンしてるのよ~私の兄の工場なんだけどデパートの服だけしてるの。私が家族で集まるたびに少しずつ持って行ってた色んな服があったでしょう?そのブランドの服は私たちが作ってるのよ。時間があったら来てみなさい」。ああ、その時に初めて知りました。私が中学生の時から着て育ったあの有名ブランドの服は私の叔母が作った服だってことを…光の速度で見に行った工場は、今まで探し回って訪れたいくつもの工場の中でも最もまともな工場でした。作業スペースが広く、明るくて、きれいでした。言い換えれば、今まで訪れた工場は狭くて、暗くて、ごちゃごちゃしていました。工場長はデパートへの納品経歴だけでも30年で、気難しい衣類ブランドと仕事しながらきつい訓練をされているため、縫製品質に関しては心配ないとおっしゃいました。「親戚の子が事業を始めるっていうんだから私が協力してあげよう」。私が聞きたい言葉を先に言ってくださる工場長に、これからのすべての物量を全部お願いしてもいいか聞いてみると、快く受け入れてくださいました。現在この工場は国内販売はもちろん、海外に輸出されるコニー抱っこ紐だけを専門的に生産する私たちのメイン工場になりました。30年間取り引きをしていた衣類ブランドに別れを告げて完全に私たちの製品だけを集中して作ってくれています。作業する方たちが365日私の抱っこ紐だけを作ってくれていますが、一つの製品だけを専門的に生産するうちに熟練度が高まり、作業速度も速くなって、なによりも完成品のクオリティーにたいして厳しいです。なによりも工場長には八等親ほどの親族(心理的な等親)で遠いではあるけど…信じられて、率直で、几帳面な方なので本当に良かったです。 コニー抱っこ紐メイン工場♡ 最初は正直不思議でした。実績のある工場なのにどうして私たちのようなブランドと仕事をしてくれたのか?後でそれとなくお聞きしたらおっしゃっていました。ブランド工場と働きながら実力が上がるにつれ、縫製単価が自然と高くなり、デパートブランドは高くなった縫製単価のせいで次第に海外へ生産を回しているという現実。多品種少量生産を不良なく生産しなければならないために生じる困難、ミスが生じればそれを工場にかぶせる慣行、そしてパワーハラスメント…その業態から感じる漠然さや難しさが私たちにはなかったそうです。抱っこ紐単一品目なので生産するのも容易だし、安定的な物量、早い入金…そしてパワハラを知らないパートナーなのでとても良いパートナーと言われました。私たちを知り認めてくださった分、私たちも常に最高の待遇ができるように努力しています。そんな気持ちが伝わったからか、生産クオリティーと不良率が激的に良くなりました。人と人の間にも縁があるように、工場と会社の間にも見えない縁というのがあるようです。   Next >> 
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